ニューヨークシティマラソン完走記 2002年11月3日(日)
プロローグ
2001年9月11日 忘れることのできない大事件が起こってしまった。
その日までは、マラソンや駅伝は観るのは面白いけど自分で走ろうなどと思ったことがなかったけど、「911」を境に突然「1年後にニューヨークでマラソンを走る」にスイッチが入ってしまった。
アメリカは20代の頃に西海岸で約2年ほど留学していたこともあり身近に感じる国のひとつでした。留学当時は学業に専念していたのであまり米国内を旅行することもできなかったので、いつか南部や東海岸に行ければいいなと思ってたのに。とりわけニューヨークでヤンキースの試合を見た後にワールドトレードセンター(WTC)の最上階からからNYの摩天楼を見下ろすことが夢でしたから。

Won the Lottery
テロ後にニューヨークに関する情報をいろいろ集めている内に、ネット上で「New York City Narathon」を熱く語られてたNY在住のYさんに導かれるように1年後のNYCMに参加する事を決心したのです。
個人での参加希望者はネットから申込むのが主流なのですが、人数が多いため抽選となります。国別に参加定員枠があり競争率が非常に高いためたぶん落選だろうとの忠告があったので、とりあえず旅行会社が企画するツアーに申し込んで参加権利を確定したのでした。(値段は高いですよ!20万円前後) それと並行してネットから個人での申込をしていたところそれが何と大当たり!
ニューヨークシティ マラソン(以後NYCM)の常連さん曰わくは、日本人枠は500名でそのほとんが基準タイム以上及び3回連続で抽選漏れのランナーで、初めての申込で当選は本当に珍しいそうです。
う〜ん、ここで運を使い果たしたのかな。NYCMを申し込むに当たりNYRRCなる組織に$30で参加したのが良かったのかも。(ちなみに2003年、2004年は連続して落選でした。)
WEB上から申し込んだのが2月頃で、6月末頃に"Acceptance Card"が送られてきました。
登録時にかかる費用は下記の通りです。(2002年時点)
| NYRRC Membership Fee | $30 | 任意です | |
| Processinng Fee | $7 | 手続き料 | 抽選がはずれても返ってきません |
| Processinng Fee | $90 | 参加費 | 当選したときだけ徴収されます |
| Bus to Start | $10 | 市内からスタート地点へのバス代 | 大多数の方は必要だと思います |
| Result Magazine | $10 | 記録集代 | 希望者だけです |
出発までのエトセトラ
◇フルマラソンへ向けてのトレーニング
いざフルマラソンとなると高校卒業後は運動とは縁がなかったもので、周りは当然だけど当人でさえも大丈夫なのかと不安一杯ですわ。そりゃテロ後の2001年11月頃から5kmジョギングを始めたばかりなのに、その1年後にフルマラソンですか?それも海外でとなると単なるバカですね!
基本的に練習なるものが大嫌いなので、真夏以外は月に2回ほど5kmか10kmの大会にでることが唯一の練習でした。夏場は、冷房の効いた家の中でチューブを使って足の筋肉強化と腹筋を軽〜くこなすだけでした。さすがに後2ヶ月ぐらいとなったところで(なんちゃって)夕方ランや(なんちゃって)週末LSDを敢行!
フルマラソン経験者からのアドバイスで、本番前には一度30〜50kmを走っておいたほうが良いと言われたのですが結局2週間前に30kmを走ったのが最長ランのまま本番に挑むことになったのでした。一生懸命練習されてフルマラソンにチャレンジされる方に『ふざけんな!』と怒鳴られそうで怖いです。
◇準備−交通手段編
2月上旬にNYCMのWEBから申込をして、6月中旬ぐらいに当選の案内が届きました。WEB上からも確認できますよ。7月の上旬ぐらいから飛行機や宿の手配をしながらNYCM4泊6日ツアーを作り上げていったのです。
料金面だけででエアーを考えた場合、日本−NewYork間は米国系航空会社の方が安かったのですが(55,000円前後)、マイレージやオープンジョーの関係で全日空を選んだのです。67,500円と若干高かったのですが、この往復で貯まったマイレージのおかげで2004年の「やまねこマラソン(沖縄県・西表島)」の飛行機代(往復)は0円でした。
せっかく東海岸へ行くのだから単に成田−NYの往復は寂しいと思っていたのです。全日空がNY線以外にワシントンDCにも飛んでいたので往路はワシントンDCから入って、アムトラックの新型特急AcelaでNYに入ることにしました。復路はNYのJFK空港から成田経由でフェアリンク航空を使って伊丹へ戻ることにしたのです。
◇準備−宿編
NYのホテル代が高いこと知っていたのですが、この時期はオフシーズンなので結構Discountしてくれるだろうと思ってたのです。ところが、ネットで検索していくうちにわかったのですがNYCMの期間中はエコノミーホテルを中心に通常の約2倍ほどの料金設定をするのですよ。
当初は1泊$100前後のホテルを4泊する予定をしていたのですが、前出のNY在住のYさんから、ウイークリーコンドミニアムの2人シェアを紹介していただき1泊$50と言う破格値で初日以外の3泊をお世話になりました。初日の宿は、ネットでマジソンスクエアガーデンすぐ近くの「Hotel Stanford」を$139で予約していたのです。
◇準備−マラソン編
走ることの準備は特にしなかったのですが、コスチューム関係は頑張りましたね。本番前日の"International Friendship
Run"で着ようと漢字いっぱいの2002W杯Tシャツや、パソコンでデザインしたアイロンプリントの本番用ドライTシャツ、スタート直前用のストロングマシーンの覆面など。
本番用のTシャツ。 表は大好きな沖縄をイメージ(左)、裏は当日の日付をデザイン(右)してアイロンプリント。
◇直前のトラブル
6月末頃に"Acceptance Card"が送られてきた以降、大会事務局からなんの連絡もないまま10月に。このころ、既にあちこちで"Registration
Card"が送られてきたという話が出ていたのですが、10日前になっても届かなかったので事務局に「届いていない」旨のメールしたのです。1回のメールでは返事が返ってこなかったので3回ほど立て続けにメールしてやっと「了解」したとの返事がありホッとしたのでした。このメールをプリントアウトして当日トラブルデスク迄持ってこいとの内容でした。
少しは反省の言葉を入れなさいよ!
第1日目(2002.10.31 Thu)
大阪〜ワシントンDC
10/31(木) NH076 大阪(伊丹) 08:00 → 東京(成田) 09:10 <747SR>
10/31(木) NH002 東京(成田) 11:15 → ワシントンD.C. 09:40 <777>
5時半頃に起床して朝8時伊丹発→成田行のジャンボにに乗り込む。
成田空港での乗り継ぎが2時間ほどあるので、空港散策を楽しみ展望デッキで飛行機の離発着を眺めて時間をつぶす。出発15分前には搭乗ゲートに辿り着こうと歩いてると全日空の地上職員に名前を聞かれ、既に私以外は全員搭乗してるので急いでくださいとのこと。私が悪いわけではないけどチョット焦ったです。
初めて国際線でボーイング777に乗ったのですが、余裕のあるシート設計で長時間のフライトもかなりリラックス。B747より数ランク上の快適さでしたね。
ワシントンDC着陸前の1時間ぐらいは、まだ10月だというのに既に雪で覆われた外の景色を楽しむことができました。いよいよNYに次ぐ東海岸の玄関口で、「ダイハード2」の舞台となったワシントン・ダレス空港にほぼ定刻に到着。アメリカの首都にある国際空港なので警備やイミグレも厳しくて空港自体も大きくてビジーだろうと思っていたのですが(特にテロ後なので)、想像以上に簡単に入国できたし空港も日本の田舎の空港みたくちょっと暗〜かったですね。
ワシントンDC〜ニューヨーク
空港からアムトラックのユニオン駅まではバスと地下鉄を乗り継いで行くことにしました。Washington Flyerのバスで10:45に出発して地下鉄West Fall Church駅まで約35分($8.00)で到着。ちなみに、出発前にバスの写真を撮ってたら運転手が出てきて「お前を撮ってやるよ!」と言ってパシャ!

West Fall Church駅からMetroCenter駅を経由してUnionStation駅まで約30分($1.10)。日本でよく見るコインロッカーが見あたらなかったので手荷物預かりに荷物を預けて(2時間で$4.00)ミニミニ首都観光スタート。
アムトラックの出発まで2時間ほどしかなかったので、ワシントンDCの観光名所といわれてる「ホワイトハウス」、「国会議事堂」、「FBI本部」に的を絞り地下鉄を利用して足早に写真だけ撮ってきました。国会議事堂は館内見学の整理券をゲットしたのですが、入館時間が1時30分以降とのことでNY行きの列車に間に合わないのでキャンセル。
留学していた頃にはアムトラックに乗る機会がなかったので、今回はワシントンDC→ニューヨーク間で何としても乗るのだと決めていたのでした。マラソン参加を決めてすぐに、ネットからワシントンDC(UnionStation)14:00発のニューヨーク(PennStation)16:45着のアムトラック最新特急AcelaExpressを予約。ビジネスクラスで$147だったのですが、ちょっと高いかな。今度アメリカに行くことがあれば、時間にとらわれずに、昔のタイプのアムトラックで田舎の駅舎を楽しみながら旅行したいものです。

1st night in NY
ついに世界の首都・NewYorkに到着。
地下駅であるPennStationの真上はあのマジソン・スクエア・ガーデン(MSG)。MSGといえば格闘技のメッカなのですが、とりわけプロレス大好きおじさんはドラゴン藤波を思い出して大感激。そして予約していた宿を探そうと周りを見渡した瞬間、あの「エンパイアステートビル」が目の前にど〜んと出現してまたもや大感動。

初日の宿はPenn Stationから5分ほどの「Stanford Hotel」。
ランク的にはエコノミーなのですが、広さは十分ですし設備も充実しています。
しかしながら、NYCMに便乗してか普段は$90ぐらいなのに$139(with breakfast)とちょっと高いぞ!オマケにState Room Taxが$11.47、City Room Taxが$6.95、Occupancy Room Taxが$2.00もとられて結局$159.42ってのは日本円に直すと20,000円以上だぞ!案内文にハングルが多用されていたのでたぶんKorean系の経営だと思います。
ホテルのすぐ近くに米国最大のプロレス団体『WWE』が経営するスポーツバー「The World」があったのでとりあえずビールを1杯。レスラーも客もでかいので区別が付かなかいって。
到着した10月31日はハロウインで、もちろんNYでも6番街を中心にハデなパレードがあるとのことでしたので地下鉄に飛び乗り見に行くことにしたのでした。乗った車内にダースベイダー軍団やエイリアンがいたり、ホームにKISSがいたりして街全体が仮装パーティでさすが本場だなと改めて感激。


地下鉄を降りて地上へ出るとあまりにも見物客が多いので即撤収。
仕方なく近くでJazzのライブでも見ようと思い7番街にある「Village Vanguard」で"Regina Carter Quintet"なるオーソドックスなジャズを堪能。チャージは$25でビールとグラスワイン(ともに$5.00)を1杯ずつ飲んでNYでの最初の夜を締めくくるのでした。
第2日目(2002.11.01 Fri)
典型的なニューヨーク観光
自由の女神
時差ボケはなかったのですが結構興奮していたようで日の出前に目が覚めてしまい、さすがにNYの朝は寒かったですね。朝食も取らずにホテルをチェックアウトした後、MetroCardの1Dayパスを$4.00でゲットしていわゆる典型的なニューヨーク観光のスタートです。
地下鉄でバッテリパーク付近まで行き、サークルライン社の船で自由の女神(リバティ島)と移民局があったエリス島を巡るツアーに$10で参加しました。アメリカの象徴といわれる自由の女神を間近で見ることができ素直に感激したのですが、テロの影響で女神像の内部に入ることができなかったのが大変残念です。船上から望むマンハッタンの高層ビル群は本当に絵になりますね。
Ground Zero
さて、バッテリーパークに戻ってきた後は、ニューヨーク証券取引所とウォールストリートを歩きながら落ち込んだ経済の復興をお願いをして、いざ今回の旅行での精神的クライマックスのポイントへ足を向けることにしました。TVの報道等で現地の状況については事前に理解していたつもりだったのですが、目の前に広がる"Ground
Zero"の光景は見る者を凍らせてしまい、しばらく動くこともできず写真など撮れない空気でした。周りのフェンスには、花束とともに追悼の意を込めた国旗や鎮魂の言葉を書き綴ったTシャツなどが写真とともに所狭しと貼られていました。もうやめて欲しいですね、こんなテロは。

NY観光アラカルト
"Ground Zero"を後にして、とりあえずNY名所を見ておかなければ言うことで地下鉄とバスを駆使して回ることにしました。
まずは地下鉄でGrand Central Terminalへ。ここはよく映画の舞台にもなり、マンハッタンの玄関口としてふさわしい雰囲気の駅です。駅を出ると、ひときわ目を引くうろこ形状のクライスラービルはよく写真で見るけどあまり名前を覚えてもらえないらしいそうです。そこから少し東へ歩くとニュースなどでよく目にする国連本部が見えてきて感激でした。
そうこうしている内に時間が押してきたのですが、どうしてもミーハーの血が騒ぐもので、ジョン・レノンが最後に暮らしていたアッパーウエストの72st.にあるDakota
Apartmentsへタクシー(いえ〜い、イエローキャブ初体験)で移動することにしました。
学生時代にテレビの臨時ニュースでショックを受けた感覚がよみがえってくるようでした。そこからセントラルパークに入って5分ぐらいの所にある「ストロベリーフィールズ」
は、中心が”IMAGINE”と刻まれた大理石のポンペイモザイクがあり、いつ行ってもジョンのファンが集まっているそうです。
セントラルパークを出ると映画「ホームアローン2」でケビン少年が一人で宿泊した"The Plaza"があり、すぐ近くにはエリック・クラプトンや松井が住んでいるトランプタワーも発見。奥さんからのお土産依頼があったティファニーとハリーウインストンも近くにあったのですがとても手が出ませんのでスルー。
本場のミュージカル
NYでは絶対ミュージカルを見ようと決めていたのですが、英語のレベルや上演時間などをいろいろ検討してブロードウエイの中では比較的マイナーな「Amour(壁抜け男)」をMusic Box Theaterで見ることにしました。
当時は「レ・ミゼラブル」や「プロデューサーズ」、「レント」、「シカゴ」、「キャバレー」、「アイーダ」など有名なミュージカルも選択範囲でしたが、商業的に成功した作品は日本に来るだろうと思い、ブロードウエイの中ではフランス原作で上演時間も2時間以内の
「Amour(壁抜け男)」をPLAYBILLのWEBから事前予約したのでした。
ステージから5列目で$45という破格値のチケットがあったので即ゲット。劇場の雰囲気は結構感動ものでしたが、作品自体はマスコミの評価通りで、素人が見ても「う〜ン!もう一つかな」というレベルでしたね。
ミュージカルを見終えた後、この日から3日間お世話になる9th Ave. & 14th st.にある"Villege Point"なるウイークリーコンドミニアムへ。
今回のNYCMに参加されるTさん(横浜の人でした)とルームシェアで一人$50(1泊)。部屋は50uを軽く越える広々とした2bedroomで本当に快適でした。地下鉄の駅から3分で、アパートの1FはDeliがあるので非常に便利でした。
第3日目(2002.11.02 Sat)
International Friendship Run
NYCマラソン前日の朝、海外から来たランナーだけが国連ビル前からセントラルパークまでの4マイルをジョギングする"International
Friendship Run"にTさんとともに参加。

早朝8時スタートの上にちょっと寒かったのですが、各国の人たちが思い思いの衣装(はっきり言って仮装)で参加するイベントで本当に楽しかったです。本番のNYCMよりNewYorkの目抜き通りを走るので感動でしたね。

途中で、警備中の可愛い婦人警官に「一緒に写真を撮りませんか?」と声をかけたところ快くOKでハイ!日本ではあり得ないですね。

セントラルパークのゴール地点でBreakfastBagを受け取り、その場で「いただきま〜す」してたらどこかの国の人にTシャツの交換をしてくれと言われたりと楽しい時間を過ごせました。
Marathon Expo
International Friendship Runを楽しんだ後はちょっと変わった観光のスタートです。特に鉄道マニアというわけではないのですが、レンタカーでは味わえない旅気分を感じたくて結構その土地の公共機関に興味を惹かれるのです。今回はNYから対岸のニュージャージー州に鉄道で入り、船でマンハッタンに戻る計画を立てたのでした。
NJトランジットのPenn Station Newark駅 ホーボーケン行きのPATH
まずはPennStationからニュージャージー州のNewark駅までNJトランジットで$3.30。Newark駅付近はちょっとおっかなかったです。ニュージャージーと言えば"Bon
Jovi"の出身地と言うイメージがあるのでもう少しライトな場所かなと思っていたのですが結構ハードでした。ここでPATHに乗り換えUターンするような形でHobokenへ($1.50)。フェリーターミナルまで数分歩いて、"NY WATERWAY"のフェリーでハドソン川を渡り約10分で対岸のNY38th.st.に到着。($5.00)
フェリーを降りて10分も歩けばNYCMの受付会場である34th.st.の"The Javits Center"に到着。受付横のトラブルデスクにて"Registration
Card"が届かなかったことを告げ事務局からのメールを渡したのですが、予想通り右に左に大騒ぎして30分ほどしてやっとナンバーやチップ、T-shirtsを受け取ることができてのでした。
疲れたけど、とりあえずホッとしたのでビール($4.50)とバイキングの昼食($7.79)で乾杯です。
"Marathon Expo"と銘打った一大イベントの中で、受付だけでなく各種ショップやイベント、他のマラソン大会PRブースなどが所狭しと参加者をウエルカム状態で、時間があれば半日ぐらいは楽しめます。特に各種試供品は珍しい上に後々使えるのでありがたいです。
Marathon Expoを出るともう2時30分。メトロポリタンやグッゲンハイムなどの美術館巡りやエンパイヤステートビル観光にはちょっと時間が足らないので、「ルーズベルト島」へ行くことにしたのでした。
マンハッタンとクイーンズの間のイーストリバーに浮かぶ東西300m南北3kmの細長い島です。この島には地下鉄の駅もありクイーンズボロ橋もかかっているのですが、"Tramway"というロープウエイで行くことにしました。大都会NewYorkをロープウエイで移動できるのですよ。50人ぐらいは楽勝で乗れそうなロープウエイで3分もすればルーズベルト島に到着。
島自体は特に何もないのですが、公園を歩いていたらすぐそばにリスがいたりして対岸にそびえ立つマンハッタンの高層ビルを眺めながら不思議な気分になるのでした。
Pasta Party
今宵のメインイベントは、明日のマラソンゴール地点であるセントラルパークでの"Ronzoni Pasta Party"です。NY在住のYさんのアレンジで、私やルームメイトのTさん等を含め10名ぐらいで参加することにしたのですが、入場に1時間以上かかると言われてしまったのです。(Yさんはわかってたそうです)
じ〜っと待つのもしんどいので、近くのチャイニーズレストランでとりあえず乾杯と軽い腹ごなしをしたあと、満を持してパスタパーティー会場へ!3種類ぐらいのパスタやスナック類、ソフトドリンク、ビールが全てフリーでした。司会席の近くに赤ワインがおいてあったのでそれもゲットです。
英語がよくわからなかったのですがライブやDJが大盛り上がりで、ダンスを始めるカップルもいたりして楽しかったですね。 会場内のあちこちにロンゾニ社のパスタ各種が積まれていたのでいくつかお持ち帰りしました。
まあ、明日のこともあるので飲み過ぎない様にセーブです。
第4日目(2002.11.03 Sun)
集合場所へ
スタート地点のスタテン島へは、NY市立図書館前からのオフィシャルバスかバッテリーパークからのフェリーで行くのが普通だそうです。気温や天候、待ち時間によりかなり体力が消耗するらしいですので気をつけてください。
私とTさんは、NYCMには10回以上参加されてるベテランのNY在住Yさんが手配してくれたワゴン車で7時に宿を出て40分ほどでスタテン島へ到着したのでした。
車内ではYさんの奥さん手作りのおにぎりで腹ごしらえです。本当に美味しく大感激でした。(感謝感謝!)
予想外に早くスタテン島に到着したので時間つぶしに会場近くのcoffee shopでリラックスタイムです。この時の参加者は4人でYさん以外は皆初参加なのですが、「走れエ★★」さんは2時間台で、同室のTさんは3時間台とレベルの高い人ばかりで恐縮です。
スタテン島(Staten Island)〜スタート
集合場所のフォート・ワズワースは軍関係の施設らしくこの日以外は一般人が入ることはできないそうです。会場へ到着すると、寝転がってる人やライブを楽しんでいる人、朝食をほおばってる人、皆それぞれリラックスムードでした。ベーグルやバナナ、ヨーグルト、パワーバー、ソフトドリンクなどが用意されていて全て無料です。

荷物はExpoで受け取る透明なUPSバッグに入れて、指定されているNo.のトラックに預けるのです。セキュリティの関係でUPSバッグの中に他のバッグ(自分のリュックとか)を入れると没収の対象になりますので気をつけてください。
あと、日本ではレース前に入念に準備体操とアップをする人が多いと思うのですが、ここは競技場ではないのでアップする適当な場所もなく、みな簡単な屈伸運動だけのようでした。
気がついたのですが、着替え用テント等が無かったと思います。女性の方は気をつけてくださいね。この時期のNYの朝は結構寒く(この年のスタート前は5℃ぐらい)、荷物を預けてからスタートまでを凌ぐ程度で捨ててもよい上着が必要でしょう。スタート時に脱ぎ捨てられた上着類はボランティアの方々が回収して洗濯した後にホームレス等へ寄付されるそうです。
スタート地点のベラザノ橋(Verrazano-Narrow Bridge)は、申告タイムによってブルー・レッド・グリーンの3つのセクションに分かれていて、私とYさんはレッド(一般市民ランナー)で「走れエ★★」さんとTさんはグリーンだったと思うのですがそれぞれの定位置へ向かう。ベラザノ橋は2層式になっておりレッドとグリーンが上で、ブルーは下だったと思います。ちなみに、スタート前に写真を撮るのであれば上層の方が景色全体が写るのでよいですね。
最初の8mileまでは色によって若干コースも違うのですが、スタート時の混雑の緩和だけでなく3万人以上が走る上でのセキュリティを考えての事なのでしょう。スタート地点のベラザノ橋では緊張をほぐそうと思いプロレスラーの覆面をかぶってハイポーズ。

スタート5分前ぐらいからアメリカ国歌を斉唱しているのが聞こえる。
そして、カウントダウンが始まり午前11時15分(実際はちょっと早かったような)に大砲の音と共に拍手喝采と大歓声で世紀の26.2mileの長い旅が始まる。
スタートは障害者から始まり、エリートランナー(女子→男子)、最後に我々のような一般市民ランナーと続くのでした。走り始めた瞬間は心臓バクバクで足ガタガタの状態で、この無謀なチャレンジをちょっと後悔です。ちなみに先ほどの覆面を被ったままで走り出したのでしたが、1分もせずに苦しくなったのでYさんにプレゼントしました.。
これまでたった1回走ったハーフが2時間2分程度の上に、昨日までの欲張りNY観光で足が張った状態で初フルマラソンってどうよ。
まあ、写真を撮りながら休み休み走って「5時間以内なら上出来」と自分自身に言い聞かせ、周りのペースに惑わされることなくゆっくりとしたペースで走り始めたのでした。
ベラザノ橋(Verrazano-Narrow Bridge) 〜 ブルックリン(Brooklyn)
ベラザノ橋はスタテン島とブルックリンを結ぶ1964年に開通した北米最長の吊り橋で、「狭い橋」という名前がついているものの3車線ある2層式の自動車専用のめっちゃ大きな橋なのです。さすがに3万人以上がいっぺんに走るとこの大きな吊り橋が『グニャグニャ揺れて』ちょっと怖かったですね。この橋は長い上り坂で始まり、中間付近に1マイル(約1.6キロ)地点の標識がありそこから長い下り坂になるのです。
満員電車状態なので思うように走れなくてYさんや各国のランナーと話しながら橋を渡り終えるとおおかた3km地点。

このマラソンのコースは、スタテン島、ブルックリン、クイーンズ、マンハッタンそしてブロンクスの「NY市の5区(ボロー)」全てを通過するように設定されています。ベラザノ橋を降りるとコース2番目の地区ブルックリンである。
初めのうちは声援も少なかったけど、4th Avenueに入った頃から沿道の応援が増え始め、走っている人もその声援に応えていました。最初の給水所は3mile地点で、これより1マイルごとに水とGatoradeの給水ポイントが用意されていました。このあたりから沿道の応援がどんどん増えてきて、道端で応援のための演奏パフォーマンス等もあったりして結構楽しめるのです。

沿道の観衆もいろいろな国の人がいるようで、出身国の衣装を着て『言葉』と『音楽』で参加者全員を応援しているのに大変感動で圧倒されましたね。
走っててわかったのですが、極端な言い方をすると1マイルごとに住んでいる人たちの人種が変わっていくようでしたね。4mile地点はヒスパニック&アジアン地区で5mile付近は白人が多いなと思っていたらすぐ(7maile付近?)黒人系が増えたりして、極めつけはWilliamsburgに入って10mileを過ぎたあたりからBedford Ave.にはユダヤ系の人が多く見受けられたのです。全員が黒い山高帽に口ひげあごひげで、すぐ横で3万人ものランナーが参加してる世紀のイベントを無視するかの様にこちらには目もくれず、普段通りに生活をしているようでした。沿道に子供達の姿はあるのですが、特に声援するでもなしにただ見てるだけ状態で、逆にこちらが困ってしまいます。(写真撮りづらいし)

そして8mile地点では、3カ所からスタートしたランナー達が合流するのでどっと人数が増えたように感じる。
クイーンズ(Queens)
13mile地点を過ぎると、ブルックリンとクイーンズを結ぶプラスキ橋(Pulaski Bridge) にさしかかる。この橋の途中にハーフポイントがあり時計が2時間22分を指してたので、後半のペースダウンを考えると単純に計算しても5時間以内がピンチなのではと思い始めたのである。

そんなに長くはない橋を渡り終えるとNYの5区の中では最も大きな面積を持つクイーンズに入る。
クイーンズのメインストリートからちょっと離れているせいか街並も寂れた感じなのですが、沿道でのバンド演奏は結構グランジ系が多く楽しかったです。
クイーンズ地区を2mileほど走り15mile地点を過ぎたあたりからこのコースで最も難関のクイーンズボロ橋(Queensborough Bridge)に差し掛かるのです。橋に入った瞬間から今までの沿道からの熱い声援が無くなり、静寂の中をしばらく走ることになるのです。今まで応援に支えられてきたランナーにとって、精神的・体力的に最も厳しいポイントかもしれません。

急勾配ではないが、このポイントでこの長さの登り坂は『歩いちゃおうかな』と思うほど体にきついです。
この橋からマンハッタンを臨む景色は最高の写真ポイントだと思いますが、タイムと疲労具合から写真など撮らずノンストップで走ることにしたのです。
マンハッタン(Manhattan) 〜 ゴール
1マイル以上もあるクイーンズボロ橋を渡りきり、マンハッタンに入ったところを左回りしながら1st.Ave.に入ってくると凄まじいばかりの大歓声が聞こえてくる。「凄い!」の一言。
ブルックリンやクイーンズでの応援もそりゃ凄かったのですが、マンハッタンは自分が「ロッキー」にでもなったような錯覚を覚えてしまうほどの熱狂ぶりでした
。誰が仕掛けたわけでもない自然発生的なモノなのでしょうが、200万人以上の沿道の声援なんて普通では考えれないですよ。大声援の中1st.Ave.をひたすらブロンクスへ向かって北上するのです。

エイドステイションも今までの水やゲータレードだけでなく18mileでのPower Gel ステーションや18.5mileでスポンジ ステーションなどもありフラフラになって走っている私にとっては天の恵みでした。ちなみに、赤十字によるMedical
Aid Stationも給水所毎に有ったことに感心しました。
ウイリスアベニューブリッジ(Willis Ave. Bridge)を渡りブロンクスへ入ってわずか1マイルで最後の橋マジソンアベニューブリッジ(Madison
Ave. bridge)を渡りマンハッタンへ帰ってくると21mile地点。ここからは5th Ave.をあのハーレムを通りながら南下するのですが、再開発が進んでいて思ったほど怖いイメージはなかったです。
渡米前に、フルマラソン完走経験者の弟から「35km過ぎから突然膝が動かなくなるので本番までに1度は40km以上を走るように」と指導されながら結局30kmを1回走る程度で本番に挑んだので20mileを越えてからを心配してたのです。
とりあえず早歩きと変わらないスピードで走ってたのでなんとか35kmの関門はクリアできたようです。と言うより沿道の見も知らない人からの"Go
Go Japan! "とか"Ichiro!"などの声援が初マラソンでボロボロの体を押し続けてくれていたのです。いわゆるマラソンハイの状態で、体中あちこち痛いのですが周りの声援が足を動かして「止まる」と言う選択肢が無くなっていました。後からスプリットタイムを見てみたら30km以降が最も速いペースで走っていたのでした。

23mile地点からセントラルパークの中に入り、グッゲンハイムやメトロポリタンなどの美術館が集中する、いわゆる「美術館ストリート」を南下するのです。
このあたりから、「あと○マイルも走らなあかんのか」から「あと○マイルでこの楽しいNYCMが終わってしまう」に感覚がシフトしてゆき、沿道で応援してくれてる人に手を振ったり距離が近い場合はハイタッチをしながら自分なりの感謝の気持ちを表してラスト数マイルを走れたのです。
そして25mile、26mileのチェックポイントを通り過ぎるとglorious roadのゴールが見えてきたのでした。前を走っている人たちがやってたので同じように目一杯の「グリコポーズ」でゴール!タイムは4時間41分13秒(ネットでは4時間39分46秒)。

初のフルマラソンを何とか完走したぞ!
これからも一緒に頑張ろうぜニューヨーク!
ゴール後は!
ゴール後はボランティアの方に完走メダルをかけてもらい、防寒用に「銀色のポンチョ」を渡されたのでした。このポンチョが大事で、約500m先のUPSのトラックまで預けた荷物を受け取るために歩いているうちに体温が下がってきますから。荷物のトラックが1km以上も先ってことも有りますので気をつけてくださいね。
大会への参加費は日本のそれに較べると高いように感じるのですがそれ以上の満足度があります。とにかく、運営に関しては文句のない大会でしたね。2007年から始まる東京マラソンもこのレベルまで来てくれることを願います。
荷物をピックアップした後は、とりあえず着替えて57thから地下鉄に乗って14thのコンドミニアムへ戻りシャワーを浴びちょっと休憩。ちなみにマラソン参加者はこの日に限り地下鉄乗り放題でした。ゼッケンを見せないと駄目ですよ。
この日の夜はアッパーウエスト(Amsterdam Ave.&77th St.)にあるスポーツバー”Time Out”で打ち上げだったのですが、コンドミニアムで仮眠をして寝過ごした私とTさんはあわててタクシーに乗り込んだのでした。
保険会社勤務の「走れエ★★★」さんは2時間45分、横浜のTさんは3時間45分など凄い人ばかりでした。NY在住のYさんは重たいデジカメ(たぶん200gぐらい)を携えて100枚以上を撮りながら走っていたのに5時間以内で完走されてました。

ちなみな、あまりにも疲れすぎていたので何を食べたかなどという記憶はないのですが、NYでの一大イベントを振り返って延々とビールを飲み続けながら本当に楽しい時間を過ごしたのでした。
第5日目(2002.11.04 Mon)
エピローグ
11/04月NH009 JFK11:00 →東京(成田)14:50 747-400
11/05火NH3111 東京(成田)16:55→大阪(伊丹)1815 ボンバルディアRJ200
NewYork最後の朝は、寝てる間に足が痙攣して6時前に飛び起きてスタートしたのでした。まずは昨日のNew York City Marathonに参加した全員の結果が掲載されている"New
York Time"を痛い足を引きずりながら近くのデリでをゲット。今後NYCMに参加される方は記念になりますので忘れずに買って下さいね。
快適だったコンドミニアムを後にしてJFK空港へと地下鉄でPenn Stationへ向かい、7:49発のLIRR(Long Island Rail
Road)でJamaica駅に8:10に到着。本来はマンハッタンからタクシーに乗ってJFKへ行くのが簡単なのですがプチ鉄道マニアのおじさんはただ単にLIRR乗りたかっただけなんのでした。Jamaica駅付近で中南米・インドからの移民のおじさん連中と仲良くなり、交渉して$10で空港まで送ってもらうことになたのですが、チップ及び気持ちとして+$10出しました。と言うより$1や$5などの紙幣がなかったことと、たまたまBritish
Airwaysの「コンコルド」が離陸するところに遭遇できたことに対するthanksを込めてでした。
テロから1年ほどなのですが思ったほどセキュリティも厳しくなくチェックインも大変スムーズで、出発時間(11:00am)2時間前の9時には搭乗ゲートを通過してました。全日空はJFK空港のTerminal3を使用するのですが隣のTerminal4やTerminal1に比べるとちょっと寂しいかな。フードコートで朝食を済ませターミナル内をウロウロ。日本ではお目にかかれないAir
Jamaicaやイスラエル航空の機体を発見して喜んでました。
成田へのフライトに関しては、冬場の厳しい偏西風に対して向かい風となる飛行だったのですが特に揺れることもなく、フルマラソン完走後の心地よい疲労感のなかでワインを飲みながらあっという間の到着でした。

成田から伊丹へはFairlink(現IBX)のCRJ-200(ボンバルディア社)なる50人ぐらいしか乗れない小さなジェット機でした。当初はちょっと不安でしたが、CAの対応も良いし、全席革張りで余裕のあるシートもかっこいいです。
たまたま天候のせいだけかもしれませんが、すごく安定した飛行だったのが最高でしたね。
